Global Family Navigator NAOKO STORY③転職直後に妊娠発覚!日本の現状のしがらみを疑問に思いながらワーキングマザーの道を進む
「このままだと子供を産みにくい体になってしまうかも・・・」という医者からの言葉を聞き、
パートナーがアフリカに出張をしている最中、退職届を提出した私でした。
その当時手掛けていた仕事は最後までやり抜き、引継ぎをして退職。
その後、まだ挙げていなかった結婚式をグアムで行い、
ニュージーランドに2週間のハネムーンに行きながら、ゆっくりと体調を整えていました。
海外で挙式をしたことは、非常にメリットがあり、親族との交流がしっかりとできたり、
海外という開けた雰囲気の中、旅行としても楽しい時間を過ごすことができました。
また、ニュージーランドのハネムーンでは、日本の会社のツアーではなく、
外国の人が多く参加する国際的なバスツアーである「コンチキツアー」に参加。
参加者の多くは、オーストラリアやアメリカ、ヨーロッパ圏の人。
アジアからの参加者は私達を含め、3組程度。2週間の刺激的な時間を過ごすことができました。
そして帰国後、転職した会社に勤務開始。
体調のことを考え、家から近く、残業もほぼしない場所を選択し、
外国からの留学生の募集・受け入れや、面接といった仕事を行っていました。
中国、韓国、ベトナム、スリランカ、インドネシア、フィリピン、バングラデシュ等の
様々な学生が集まり、とても素敵な時間を過ごしました。
ところが、転職して2週間ぐらいで妊娠発覚!
子供が生みにくいと医者から言われていたので、それはそれはびっくり!
嬉しいと同時に、流石に転職直後なのでちょっと複雑な気持ち。
通常日本の企業の場合、出産してから1年6か月最大休むことができます。
ただ、特に東京都内の保育園は1歳になってから探そうとしても、空きがない場合が多く、
仕事を続けようとすると多くの人が0歳で復帰をする選択をしています。
実際私の友人でも、1歳になってから預けようとして、20か所ぐらい保育園の希望を出したけれど、全部落ちたという話も聞いています。
私の場合も子供を産んだ月から考えると、0歳で復帰をする為には、子供が5か月で復職をする必要がありましたので、そんな日本の現状のしがらみを強く疑問に思いながらも、保育園手続きを進めることになりました。
その後出産。子供が私の人生で主役へと変わり、時間の流れ方が変わり、 とにかく、すべてが音をたてて一瞬で変化しました。
自然分娩でしたので、それはそれは素晴らしい痛みを味わいながら、必死に産み、 会陰切開もしたので、産後のひどい痛みにうなり、子どもを生んだ女性は、皆これほどの痛みを経験しているのだろうかと痛感しました。
初体験の母乳育児がはじまり、想像以上の大変さにびっくり!
深夜の夜泣きにフラフラになりながらお世話をし、
息しているのだろうかと指を鼻にもっていき確認したり、 毎晩ほとんど眠れません。
なぜか寝ている間に子供が自分でブランケットを顔に持ってきてしまい
起きたら子供の顔が全部ブランケットで覆われてるのを見た瞬間は、心臓が飛び上がるかと思いました。
パートナーは相変わらずアフリカへの出張も多く、
当時エボラ出血熱が流行っていたシオラリオネ近くも行っていたので、
帰国直後に、持ち物全て殺菌をして、子供が触れないようにしたり、
小さな子供を守ろうと殺気立っていた記憶があります(今考えればやりすぎ)。
そんな中、自分の子育ての記録を少しでも何か形に残そうと思っていたところ、
Conobieさんに複数記事を書かせていただいていました。
昔のものなので、内容も未熟で恥ずかしいですが、例えばということでリンクを貼りますね!
「家でもできる!赤ちゃんの写真が一気にプロっぽく撮れちゃう4つのアイテム」
大失敗!生後2か月の赤ちゃんと外出をして自宅の鍵をなくすと、こんなに面倒なことになります
元々写真や動画、文章で何かを表現するのが大好きだった私。
小さい頃は、どこかに旅行を行くと、入場券や切符をノート、写真をノートに貼って、記念ノートを作っていました。
子供が産まれてからは、3か月に1度アルバムを作って見返せるようにし、2人目が産まれた後もずっと、1人ずつのアルバムを継続して作成しています。(1年に4冊×2人分ですね!)
現在も、ブログやYoutube、SNSでブランディングをしており、
多くの方にもアドバイスをしてきましたので、好きな事って昔から変わらないんだなと改めて思います。
そしてあっという間に5か月が過ぎ、いざ仕事に復帰!
保育園の送り迎えだけで時間がかかり、仕事に行っても子供が病気だからと呼び出されたり、
短時間勤務ではなかなか思うように仕事がこなせず、
本当なら私が行くはずだった海外出張も行けない状況でモヤモヤ。
パートナーも出張が多く、親にも頼れない状況だったので、「孤育て」を頑張るしかなく、
ゆっくりと子供との時間を過ごすこともできず、ただ機械的に保育園の送り迎えをして、
夜は寝かしつけを頑張るという生活。
親らしいことも出来てあげられず、夜子供の寝顔を見ながら思わず溢れる涙。
こんな生活を数ヶ月繰り返していると
慣れてくるかなと思っていたのですが
相変わらずの答えのでない悶々とした日々。
仕事も育児もどちらも中途半端で子供への罪悪感は増すばかり。
私ダメな親なのかな?そんな風に日々暮らしていたところ、
パートナーの名古屋への転勤が決まり、必然的に会社も辞めることになりました。
ここで初めて「会社」から離れる日々を送り、「個人」として生きていく道を模索することとなりました。
Welcome to this family journey to shine yourself here!
Hope you find some great wisdom here!
Love,Naoko